日本キリスト教団砧教会 (The United Church of Christ in Japan Kinuta Church)

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砧教会説教2014年08月31日
「イエスとともに軽快に歩む」マタイによる福音書11章20~30節
 本日の個所は前回(8月10日)の続きです。ただ、内容が続いているとも言えない。20-24節は「悔い改めない町を叱る」と見出しがついていますが、中身はかなりの棄て台詞とも見えます。「叱る」というよりも、むしろ「呪う」であり、イエスの気短さを示しているように思えます。(イチジクの木をのろったりすることもありました。マタイ21:18―19)イエスが本当に語ったのか?それともイエスを騙ってだれかがガリラヤの町を貶めるためにこんな呪いを告げたのか?
 イエスは自分の故郷では受け入れられなかった(13:53-58)とされるが、ガリラヤはその故郷を含む地域である。ここで言及されるカファルナウム、ベトサイダやコラジンはその地域の町である。要するにイエスはガリラヤでは受け入れられなかったのか。いや、そんなことはない。イエスの活動はガリラヤからはじまり、ガリラヤ湖周辺で弟子たちを集めた。おそらく、ガリラヤの町々の内部でのさまざまな対立や葛藤、つまりは格差や差別や抑圧があり、一部はイエスを、他はこれまでの体制を支持した。その結果、町全体としてはイエスを受け入れなかったということかもしれない。
ただし、これはイエス自身の呪いか、それともマタイ集団による呪いなのかは判然としない。よく考えてみると、これはマタイの思いが詰まっていると思われる。なぜなら、こうした呪いは、イエスのくりかえしている教え、敵を愛せ、人を裁くな、復讐するな、腹を立てるな、といった山上の説教と完全に矛盾するからである。もちろん、イエスは若かったから、自分の教えは実は自分に向けても語っていたのかもしれない。それにしてもソドムとくらべるほど、町々の堕落を責めるのはかなりのことだろう。
このような表現は分断を主張している。このような記事を見落としてはならない。残念ながらこのような分断や対立の言葉は後のキリスト教の伝道において強い動機を与えた。つまり異端の排除の歴史においてである。私たちはすでにその歴史を経て、今教会を営んでいるが、このテキストを読むことは、一つの反面教師となるだろう。実は旧約も含め、聖書には分断の思想や排除の思想がかなり入っている。もちろんそれらにはある一定の文脈で読めば理解は可能である。しかし理解できるからと言って、それを是とすることは危険である。20-24節に言及された町々の住民からすれば、聞き捨てならないし、場合によっては戦いになるだろう。反対に向こうが弱ければ、迫害の対象にさえなりうる。新約聖書はそれを読む人の置かれた立場に応じて利用されてきたし、現に今もそうである。私たちは、こうした呪いのテキストはその歴史的経緯や著者の文脈のなかでひとまず理解することに止め、この言葉の安易な類比的適用を行うのは慎むべきであろう。
ただし、この断章を次の断章25―27節とつなげて考えると必ずしも分断や敵対と理解する必要はないとも言える。先の呪いの後に続けて主をイエスは主を賛美して次のように言う「これらのこと(具体的には示されない。直前の事でもない。たぶんこれまでの教えの内容を漠然とさす)を知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりした」(25節)。これは、これまでの知者や賢者の指導されたものとは別の共同体が出発したこと、それは何か伝統的な知恵や律法に拘束された生き方とは別の「信仰」に基づく新しい生き方が出発したことを主張するために伝統ある町々の権威を貶めて見せただけなのかもしれない。つまりは、弱小共同体の「強がり」のようなものである。

しかし、次の26―27節はイエスみずから自分の権威を主張し、「すべてのことは、父からわたしに任されています。父の他に子を知る者はなく、子と、子が示そうとする者のほかには、父を知る者はいません」とかたり、再度分け隔てを主張している。とくに注意が必要なのは「子が示そうとする者」の優位というか独占的立場である。こうした主張はもちろん新しく共同体を作り、そこに加わった人々のことであるが、そこに加わらなかった人は父を知らない、つまり神の救いに与かることはないという意味であろう。これは当然と言えば当然な発言でもあるが、文脈を離れ、これを用いる後代の人々の時代ではやはり排除や分断のテキストとなる。(もちろん、内輪での結束を強化する働きだけかもしれないが。)
そしてこれに続くのが「負いやすい軛、軽い荷」の言葉である(28―30節)。これは他の福音書に平行記事がない。つまりマタイ独自の資料ないし言説である。これはひとまずは先の断章に続いているが文脈から見ると齟齬があるように感じられる。「疲れた者、重荷を負う者は……」という言葉は一見、漠然とした慰めに見えるが、とりわけ「重荷を負う者」とは文脈では律法を遵守することをいうのであろう。イエスはこれを見限った。重荷を負う者、すなわち律法の要求する様々な犠牲、祭儀、税などを強いられる人々とは当時の民衆であり、彼らにとってほとんどは重荷であった。そこでイエスは「休ませてあげよう」と言う。ただしイエスの側にも条件がある。
それが「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい」とうい勧告である。「わたしの軛」とはなにか?これは律法ではなく(つまりモーセ五書や申命記)を指すのではなく、イエスを受け入れるという信仰、いや正確にはイエスを通して父を知ること、それは裏を返せば自分が何者であるかを知ることである。これはしかし、具体的には何か。それは父を愛すること、そして隣人を愛すること、この二つだけである。だから「わたしの軛は負いやく、私の荷は軽い」と言われる。ユダヤ教の律法は旧約聖書の五書や申命記、それに口伝律法であるミシュナーの煩瑣な律法から成るが、イエスはこれらの律法を守り抜くことを拒否し、その理念のみを参照し、これを、ユダヤ人を含むパレスチナ世界に広めた。これは実はとんでもないことである。これだけで人間は新たに出発しうるという。なぜなら自分たちは解放されたからである。解放とは自分を縛っている者から、自分で自分を縛っている者であることから解き放たれることである。それはただ、伝統的に正しいとされたてきたことの一切を疑うことである。そして最もかけがえがないと思われる物だけに絞り、それに基づいて行動することである。ユダヤ教の本流から見ればいかにも軽薄で、よまいごとに映っただろう。しかしイエスはひどく簡単にみえるが、最も根源的なことから考え直したのである。
私たちはそれでも軛など言われると、どうもそれがかえって縛りを助長し、引いては世の中の解放にとって妨げになるのではないかと恐れる。しかしそれはたった二つである。この二つさえ、守れば自分たちは「安らぎ」を得られるとされる、しかしこの安らぎとはどんなやすらぎであるか。それは「魂」「こころ」などと呼ばれている。しかし、魂の安らぎではもちろん不十分であり、安らぎは人格全体に行きわたらなくてはならない。そのために実際にはこの言葉の意図を実現し、それを引きついていかなくてはならない。(さらに言えば、子の意図が広く人々に受容された時が世界の救済の完成だろう。)それが教会という仲間団体の役割である。それは当然、この世に働きかける教会となる。このような教会が、本来のキリスト教会である。この新しいユダヤ系の宗教は、もちろん律法が簡素化されたからと言って軽薄なのではない。それはかえって苦難に出会う恐れある。それでも、この共同体の(そしてわたしたちの)軛はユダヤの伝統からははるかに軽いし、そして自由である。ただしそれはその自由に対してそれにふさわしい責任を負うことになる。それが学ぶということだ。そしてそれに基づいて、私たちは軽薄ではなく、軽快にこの世を歩むことが出来るのである。

20―30節をまとめて読み直すと、マタイは呪いの後に幼子のような者として民衆の豊かさ(神の圧倒的なすくいの業が現われていること)を事挙げしつつも、そうした幼子のような人々の困難を改めてなぐさめたのである。要するに疲れた者、重荷を負う人とは前節の「子が示そうとする者」を指すであろう。そして彼らこそが子を受け継ぐのである。しかしその軛、つまり責任ははるかに軽く、軽快である。そしてそれは実は多くの人々に受容可能である。それが今も私たちに受け継がれているのである。それが神を愛し、隣人を愛するということであり、それは軛でありながら、しかし同時にそれよってしか安らぎもあり得ない、不可欠のものなのである。