砧教会説教2015年8月16日
「平和は、武器であがなえるだろうか?」
ミカ書4章1~8節
昨日は第二次大戦が終わった日であると思われていますが、それは正確ではありません。日本がポツダム宣言を受諾した8月14日をもって、大戦は終わったのです。それを翌日の昭和天皇の終戦の詔勅によって終わったとするのは、当時の政権の思惑です。つまり8月15日はちょうど招魂の日、つまり盂蘭盆会の日だから、いかにも終わりにふさわしい、鎮魂にふさわしい、と考えたのです。敗北ではなく、戦争の終わりである。それは今に至るまでの日本の、この戦争に対する態度を規定しています。この日は死者を想起し、不戦を誓う。そこにはこの戦争が明らかに侵略戦争から始まっており、途中アメリカと戦いはじめ、やがて沖縄を捨て石に、そして広島・長崎を犠牲にしつつ、ついにあきらめてポツダム宣言を受諾した無責任な歴史が明確化されていません。これは敗戦なのですが、本土において地上戦が行われ、それに敗れて降伏したというのではないため、負けを自覚できない。それどころか、長い間、国民は当時の軍国主義の被害者であるという理解に染まっていました。ようやく国民自身が、自分たちが加害者でもあるという認識にいたるのは、1980年代ではないでしょうか。そのころから、南京虐殺、韓国朝鮮人の強制連行や従軍慰安婦問題などが一般的に知られるようになり、加害者として過去の日本国家を規定することがようやくできるようになった。その背景にはもちろん、中国や韓国の主体化、経済力の高まりに連れて、戦争責任について問い直しを始めたこともあります。
日本国家は戦後、日本国憲法を占領軍の支配のもとで基本法として認めた。そこには崇高な前文とともに、国民主権、平和主義が宣言されています。そして天皇制を温存しつつ、他方で戦争の放棄を謳う憲法第9条が組み入れられている。そこには戦争の放棄と戦力の不保持、交戦権の否認が誓われている。
「第9条1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを認めない。」
残念ながら、10年もたたぬうちに、朝鮮戦争の勃発と中国の共産化の脅威の中で、アメリカの思惑によって、そのアメリカによって主導された憲法は(それゆえに)、骨抜きにされていき、戦力を保持することになった。保安隊、警察予備隊をへて自衛隊が創設され(1954年)、実質的な再軍備を果たします。ポツダム宣言に基づく日本の非武装化は連合国の意思ですが、それは8年後にはアメリカの思惑によって反故にされ、日本の再武装が求められたわけですが、これは日本の旧勢力の思惑とも一致しました。このあともアメリカの思惑と日本の旧勢力の思惑が、同床異夢とはいえ、一致し、1960年の安保改定をへて、現在に至るのです。
一方、反戦平和の勢力は社会主義の幻を背景に憲法9条の護持を一貫して唱え、これには一般国民の支持も十分ありました。しかし、1990年をもってそれは全く後退します。それは社会主義勢力が衰退、ないし破綻し、革新と呼ばれた勢力が瞬く間に過去のものとなったことによります。こうして冷戦構造が解体するや、各地のナショナリズムが噴出し、とりわけユーゴスラビアの解体に伴う悲惨な内戦に対し、NATO軍を中心とした集団的安全保障に基づく介入による秩序回復が必要とされることになり、やがてアフリカや東アジア、イスラム世界の不安定化に伴って、世界の秩序の回復のために名目的には国連、実質的にはアメリカを中心とする世界秩序の再構築へとシフトしていきます。特に東アジア情勢における中国のプレゼンスに対する警戒は大きく、アメリカは日本に対し、安保の見直しと新たなガイドラインの策定を行いました(1997年の新ガイドライン)。これは実質的には集団的自衛権の発動を伴うものですが、まだ顕在化していません。しかしその4年後の9.11によって一気に流れが加速し、アメリカは強力に日本の軍事的協力を求めたのです。それは当時、例の「旗を見せろ」という言葉に象徴されましたが、小泉内閣はアメリカの要求にほとんど詭弁である国会答弁によって、自衛隊派兵は憲法上許されるのだとする主張を展開し、ブッシュ政権の圧力に、かえって自ら進んで協力するというある種のヒロイズムを演出しながら、実質的な集団的自衛権の発動に踏み切ったのです(イラク特別措置法)。もちろん法的な裏付けはほとんどでたらめで、武力行使はしない、なぜなら戦闘地域ではないからとか、仮に何かあってもそれは正当防衛として理解しうることだとか、隊全体が狙われたとしても、それも同様に解釈するので、軍事的行動つまり戦闘には含まれないなど、信じられない詭弁でした。これには自衛隊員からも多くの疑問が出たそうです。要するに現場の隊員の現実を見ない全くの空想的議論です。つまりイラクやアフガニスタンは事実上全域が戦場なのですから。
そして現在は北朝鮮の核問題(ならびに拉致問題)、中国と韓国との間の領土問題、その背景にあるエネルギー資源や地下資源をめぐる争いなど多岐にわたりますが、この中にあって、改めてアメリカが突き付けているのが日本の自衛権の拡大、つまり集団的自衛権を行使できるような制度の整備です。2012年には再びアーミテージとナイによる報告書がだされ、新ガイドラインよりはるかに踏み込んだ要求となっています。これに先立つ2007年、第一次安倍内閣は安全保障の法整備に関する諮問を行いましたが、これは集団的自衛権を現憲法の解釈変更によって正当化することをねらいとしましたが、安倍氏は病気で退陣し、報告書は福田総理に渡されたのです。しかし彼は(ハト派と言われていますので)当然放置しました。しかし第二次安倍内閣が発足以後、改めて安保法制に関する私的諮問機関を立ち上げ、もう一度集団的自衛権を正当化しようと内閣法制局長官の首を挿げ替え、最終的に閣議決定に持ち込みました。さらに憲法96条の改正条項を緩めて改憲をやりやすくしようとする姑息な手段に打って出ようとしましたが、これはうまくいかず、ついに今般の安全保障関連法案によって、憲法の改正をせずに武力行使を正当化しようとしています。この動きについて、憲法学者をはじめとする学者たちの批判がかなり強くなっています。つまり憲法9条に明らかに反する法によって、他国の戦争を手伝う、あるいは領土領海をこえて自国の安全と称して武力を行使するというのです。
ところで、私たちは心の底から武力を否定できるでしょうか。最近読んだ藤木久志『刀狩り』(岩波新書、2005年)によりますと、日本は一般に秀吉の刀狩り以来、民衆は武装解除され、自己防衛の手段を失ったという理解があるが、それは正確ではなく、秀吉以後も、鉄砲も含む武器が農民のもとに相当あったこと、例えば島原の乱以後でさえ、領主は農民の要望に応じて武器(鉄砲)を与えている。つまり野獣を追い払うために必要であるという名目で。しかし、それは名目であって、武器を返さないならまともには従わないという農民の側からの脅しの面もあるという。つまり、江戸時代を通じて鉄砲を含めた武器は武士階級のものではなく、より普遍的であったらしい。それが明治になってついに武士自身が廃刀令によって武装解除され、改めて警察と軍隊だけに武装が限定されていく中で、次第に一般国民からは武器は遠ざけられた。最終的に1945年の敗戦で、例の憲法を通して、軍隊の武装解除が行われ、ついに武器は警察を除けば個人が持ちうるものではなくなった。もちろん現在はすでに述べたように自衛隊は膨大な武力を蓄積しています。それは予防的な武力、あるいは専守防衛といわれ、よほどのことがない限り使わないとされています。それでも、武器はやはり必要であると感じている。それだけでなく、治安のための警察力においては最小限の武力が必要であることは当然とさえ考えられているといえます。
さて、現在の国家の思惑、そして武力をもつことの是非に関する漠然とした一般の人々の考えを踏まえつつ、今日の聖書をどう理解すべきでしょうか。
今日の聖句の前半(3節まで)は、聖書を読む会でも触れましたが、イザヤ書2章2-4節と同じです。イザヤ書では5節にある呼びかけの言葉で終わっており、そこで単元は閉じられています。しかし、ミカ書はこの単元に続いて4-8節までが一つのまとまりをなしているように見えます。そして全体は捕囚民の救いとエルサレムにおける王権の回復という主題でくくられています。ただし、1-3節までの調子は非常に終末論的であり、主の神殿の山、すなわちエルサレムが諸国の頭となるといわれ、要するにすべての民の中心となる、あるは世界の首都となり、ヤハウェの主権は全世界に及ぶとされていて、気宇壮大なイメージを提示しています。これは巨大な世界帝国の存在した古代オリエント世界の一般的なイメージを用いて、ヤハウェ宗教の普遍性を描こうとしたものです。したがって、そのイメージは帝国主義的な限界を持っています。しかし、見落としてならないのは、その帝国には武器がないという点です。従って、そこには争いが、いや少なくとも血で血を洗う戦争はもはやない。ということは帝国的な表彰を借りつつも、帝国の本質である軍事力を消去するという非常に斬新な思想を盛り込んでいるのです。ヤハウェを神とするのは帝国主義に見えるが、本質は違う。つまりあらゆる武力は放棄され、いや正確に言えば、武力はヤハウェ自身に委託されたのである。それゆえ、人間は武力を放棄しうる。なぜなら、もしもの場合はヤハウェが裁いてくださるから。
さらに注意したいのは、一つの国家になるのではなく、「もろもろの民」が存在するし(1節最後)、「国々」も存在する(3節)。つまり世界は一種の共和国になる、ヤハウェの力を信じることに基づく共和国であり、だからこそ、4節、5節には各人の信仰の自由、各国の宗教の自由のような考え方、つまり信教の自由のような考え方が打ち出されるのです。そしてイスラエルはヤハウェに従うとされます。ここには矛盾があります。なぜなら、先ほどはヤハウェはあらゆるものを相対化する超越的権力として登場しているのに対し、こちらでは他の神々と同じレベルに相対化されているように見えるからです。したがって、前半と後半は実は思想が違うと考えられます。しかし、ヤハウェ宗教は、私は常に二重性を持っていると考えています。それは歴史的にはイスラエルという個別の民の宗教として存在してきたが、その内実、その宗教の指し示す中身は、普遍的であるということです。だからこそ、最終的には前半の普遍性
・超越性と後半の個別性・相対性は矛盾しない。それどころか、その二重性においてのみ、ヤハウェ宗教は歴史を保つことができたとさえ言えるのではないでしょうか。
さて、こうした武力による平和の否定、武力によらない平和は可能か、との問いに対して、私はそれは可能であると答えます。もちろん、現在の、さまざまな情勢の中で、それは不可能に見えます。しかし、それは理念として持ち続けることによって、その理念が実現される小さな場所からすでに実現しているのです。私たちは性急に世界平和とか日本の平和、東アジアの平和とかを夢のごとくに想像して、それが実現しえないことをつい嘆いてしまいます。しかし、その必要はありません。ミカ書の言葉を読み、その理念を保持し、それを小さい場所か実現することによって、その可能性を証明していくことで十分です。それは当然ながらミカ書の昔、あるいはイザヤ書の昔から、その理念を保持した人々によって保持され実現されたからこそ、いま私たちはそれを読むことができるのですから。
20世紀という世界戦争の世紀を経て、グローバル化が進み、その余波は深刻で、いたるところにテロや戦争があるという、不穏なときですが、このようなときであるからこそ、ミカ書の終末論的な世界像を、終末としてではなく、新しい始まりとしてとらえる必要があります。つまり私たち自身がそうした世界を新しく生き始めるということです。
キリスト者はそうした新しい生き方を今ここで始める勇気を持っている者たちです。なぜなら、あのイエスの苦難に与り、かつ復活の希望に生きているからです。だから私たちは先駆けることができるはずです。武器でなく言葉の力によって平和をあがなうことが。