日本キリスト教団砧教会 (The United Church of Christ in Japan Kinuta Church)

HOME  砧教会について  牧師紹介  集会案内  説教集  アクセス


砧教会説教2016年9月4日
「神の子と定められたキリスト・イエス」ローマの信徒への手紙1章1~7節
 ローマの信徒への手紙はパウロの晩年の文書で、50年代後半にコリントで書かれたとされる。パウロ自身が建てたのではない教会に向けて書かれているので、あいさつ文が丁寧に書かれているのだと注解にある。そして自分の事がそれほど知られていないがために、彼自身の思想を説明する必要があったので、他の手紙に比べて随分と長いものとなっている。そのためパウロの思想を知るには非常に有効である。プロテスタント教会はパウロのこの手紙の思想を基盤としているが、この手紙に体系的に彼の思想がまとめられているわけではない。高橋敬基によれば、終末の近さを信じているパウロには神学体系をつくる意思はなかったとされ、あくまでこの手紙はイスパニア伝道のための援助を請うために自分の思想を開陳する必要があったゆえに書かれたのである。
 とはいえ、この手紙はパウロの神学思想がおおよそまとまって提示されているのは確かであり、彼の福音理解を明確に知ることができる。本日はその冒頭の挨拶文である。
 1節でパウロは自分をキリスト・イエスの僕とまず述べる。これは奴隷と訳せる言葉で、パウロ自身完全にキリストに従属する者であることを強調している。もちろんこれはローマの信徒に向けての謙虚さを表明している。そして「神の福音のために選び出され、召されて使徒となった」と書く。フランシスコ会訳では「福音を告げるために」と説明的な訳をしている。この福音とは以前お話しした通り、元来のギリシャ語的世界の文脈では皇帝の戦勝の知らせの意味での「喜ばしい知らせ」であったが、キリスト教では神の支配の勝利を示すキリストの到来を「喜ばしい知らせ」と考えた。つまりこの世の支配に対する勝利の知らせが福音である。その知らせの中身、神の支配の勝利とは何か。これがあらかじめわかっていなければこの挨拶は意味をなさないが、当然それについては一定の理解があるものとして書かれているだろう。しかし、福音の働きが実際の信徒にとってどんな効力を持つのかは一元的ではない。むしろそれぞれが自分に都合のよいように福音を理解しているきらいがある。それゆえにパウロは後に福音の意味を改めて考察していくのである(18節以下)。
 パウロは「召されて使徒となった」と語るが、これは生前のイエスの弟子になったのではなく、弟子たちとは関係なく、それどころかイエスの死後、その幻を通して使徒となったことを暗示する。パウロは二次的なキリスト者である。つまりイエスを知らない間接的な弟子である。そしてそれだからこそ、彼は直接的なイエスとの関係とは別の次元のキリスト・イエスの関わりを強調するのだろう。このあたりの問題意識、つまり、イエスの弟子であったという特権性や、イエスと出会ったという直接的経験とは別に、キリストの出来事による「良き知らせ」、この世に対する勝利、言い換えれば今世にある自分たちがまったく別の次元の救いに至りうるという知らせが効力を持つということ、このことは私たち21世紀に生きている一人一人とって重要な問題意識である。それはキリスト・イエスの出来事がなぜ今の私に力を持つのかという問いと言っても良い。
 仮に聖書についてまったく知識のない人々にキリストを伝えることができるのか、と考えてみる。現実に日本での伝道とはそういうものだった。彼らは仏教や儒教的概念を通じて類比的に神やキリストを伝えることを試みている。その限界はあるものの、東洋的「宗教」の枠を使いながら、同時にキリスト教的独自性(つまりは偶像崇拝の否定と三位一体論をもとにした新たな世界での救い)を伝えることに成功した。つまり、歴史上のイエス・キリストに繋がることが問題なのではなく、すでに神の支配が始まっており、救済は実現しているという観念こそが重要である。もちろん、キリスト教が伝来した当時の日本にはすでに浄土真宗のような普遍的救済を説く大乗仏教の大衆化が生じていたのだし、それ以外にも主要な仏教思想が開花していた。だから新興宗教であるキリスト教の普遍性もそれらと同列に理解可能であった。
 要するに、良き知らせの意味は、実現した勝利、神の救いの実現という一点にあり、それを受け入れてこの世の生き方を捨てるか、変えるか、だけが問題である。実のところ、パウロが語ろうとするのはこれだけだと言っても良い。この点についてはまた改めて語りたい。
 さて、2-3節では「この福音は、神がすでに聖書の中で預言者を通して約束されたもので、御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ」とあり、旧約聖書の預言を前提にしている。そしてローマ教会も当然旧約聖書の歴史理解は共有している。御子はダビデの末、つまりイスラエルのメシアとして現れる。続いて4節に「聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです」と書く。これがパウロの考え方なのかは定かでないが、つまりローマ教会の立場を受けて書いたものかもしれないが、少なくともイスラエルのメシアとして活動した者が、十字架の死を乗り越えて復活したことによって「神の子と定められた」のであって、初めから神の子であったわけではない。つまり、肉から生まれ、復活を通じて神の子と定められたという、いわば「下からのキリスト論」である。伝統的キリスト教は神の子イエス・キリストは初めから神の子、永遠の神の子であるという見方が中心であるが、そしてパウロもそういう見方に立っていたと思われるが、ここでは「神の子と定められた」と書いた。つまり、キリストの出来事は時間的な前後関係、因果関係、つまりは救済の歴史という枠において理解された。これは私には正当なことに感じられる。つまり、キリストの出来事は無時間的で観念的なドラマではなく、リアルな世界で起きた出来事を核心に据えたうえで、その上に信仰をもとに構築した宗教世界であるということ。だから「定められた」と書いた。これはもちろん神が定めたともいえるが、そう考えたのはその時代のキリスト者である。キリスト者によって神の子と定められたというのが真相である。
 だからこそ4節後半で「この方が、わたしたちの主イエス・キリストです」と書く。そして「わたしたちはこの方により、その御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導くために、使徒とされました」と続ける。この個所の確信の言葉はもちろん「信仰による」というところである。やがてこの手紙の後の箇所でこの問題は大きな話題となるが、簡単に言えば、実践(律法の)や経験によるのではなく、「信仰による」という意味であろう。私たちは普通、それぞれの人生の幸福や最終的な救済、安心立命は世間や社会に存在するそれぞれ相対的な法や掟、慣習や伝統を守ることであり、それに基づいて経験を重ね、立派になっていくことによって到達されると考えている。このようなあり方が普通である。しかし、パウロは、律法の実践やそれに基づく人間的経験によって救われるのではなく、キリストの出来事、つまりすでに救いは実現したのであるという「信仰」を通して自分もそこに加わっているという確信がすべてであると言いたいのだろう。もちろんここではそこまで読むのは過剰であるが、この先を知っている立場から読めば、そう感じるのである。
 この信仰によって「この異邦人の中に、イエス・キリストのものとなるように召されたあなたがたもいるのです」とパウロは続ける。ローマという当時の世界の中心、それはユダヤ的概念からすれば異邦人世界であるが、その世界の常識からすれば異邦人はこの新しいユダヤ教に連なる者の方である。ともかく、世界の中心でキリストを伝えるというのは私たちから見れば想像できないくらい異様かつ新しいことだったのではないだろうか。十字架に付けられたユダヤ人のメシアこそが真の救い主であり、その力によって救いは実現しているというのである。これは人間的世界の幸福、皇帝の力による支配と安寧とは別の次元の、人間の救済の新しい次元を宣言するものである。
 このような、何かおよそありえないような「信仰による」救いという教えを一心に告げ知らせ続けるのが初期のキリスト教、そしてパウロの活動であった。このようなパウロの活動は異様にさえ見える。しかし、よく考えてみると、その異様さは21世紀の東京でキリスト教を守り実践している私たちも同じではないだろうか。明治に作られた強力な天皇信仰、その背景をなす古代以来の太陽神信仰、さらに巨大な伽藍を持ち、数多くの「偶像」に溢れる仏教の寺院がいたるところに存在するこの日本にあって、しかもその中心東京において、キリストの救いを語り続けることは、あのローマでキリストのよき知らせを信じて祈り続け、その世界で生きていた人々と似たようなものかもしれないのである。
 それゆえに私は、今の時代の私たちを、もう一度キリスト教の始まりにおいて考えてみる必要があると感じている。キリスト教の歴史や伝統と言っても、それは手前みそであり、そのようなものがこの時代に通じるとはもはやあまり期待できないと思うのである。
 だからこそ、ローマというまったくの「異邦人」あるいは「異教」の地で教会を営んだ人々、そしてそこへと手紙を書いたパウロのけなげな姿を想起する必要がある。「けなげな」というのは、始まりのキリスト教は全くささやかなものであったに違いないからだ。そしてそのささやかな中に、力強い、新しい救いのありかが確信されていたのである。私はそうした強さを、このパウロの手紙から感じ取る。そしてその強さを感じ取った瞬間に、この東京でキリスト教を営む私たち自身の営みに勇気が与えられるのである。
 パウロの旅を思い、そしてこの手紙の宛先の地、古代のローマを思い浮かべるとき、それは自分の鏡であったといまさらながら思うのである。