砧教会説教2016年12月18日
「代表する者の罪、そして謝罪」
ローマの信徒への手紙5章12~21節
この12節からの断章は前のそれとはつながっていない。これまではアブラハムの信仰との関連で話しが進んだが、ここではもう一度原罪の問題に戻っているように見える。すでに1章18節以下で、彼は人類の罪と堕落について語っているが、この罪の起源については特に指摘していない。あるいは、3章9背節以下で彼は詩編14編を引用しながら「ユダヤ人もギリシア人も皆、罪のうちにあるのです」(3章9節)と述べている(この個所も1章18節以下を受けている)。
要するにパウロは、赦し、和解、義認の前提、あるいはそれらが必要とされる根本的理由、すなわち「罪」についてもう一度語りだすのであるが、印象としてはやけに唐突である。本来、このことが先に語られなくては、「信仰」の意義がわかりにくい気がする。ただ、パウロとしてはこうした罪の根源性については、相手であるユダヤ人キリスト者がよくわかっていることだから、このように唐突だとしても、関連についてそれほど訝ることもなかったのだろう。
彼は言う。「一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです」(12節)。前の文と二つ目の文のつながり具合がはっきりしないが、フランシスコ会訳はこれらをまとめて、「一人の人間によって罪が世に入り、その罪によって死が入り、こうして、すべての人間が罪を犯したので、死がすべての人間に及んだのとおなじように―。」とし、文を中断する訳にしている。いずれにせよ、ここでパウロは最初の人間であるアダムの罪がその後の人間の歴史を支配するという基本的な考え方を打ち出している。いわゆる「原罪論」である。この個所がキリスト教の基本的教義の起源とされる。これは失楽園の物語の言葉(創世記2章17節、3章3節、19節)からとったもので、エヴァとアダムの罪によって死が約束されたことを指す。罪の報酬が死である。もちろんこの物語の解釈は多様であるが、そのまま読めば、罰としての死がアダムとエヴァの生涯を規定することになる。ただし、これは単純すぎる。罪、すなわち神の命令に背いたことによって、人間が手にいれたものがある。それは知恵や理性であるが、それらは人間にとっては自らの自由の証しでもある。パウロはこうした人間の自由も罪の結果であるとみているようである。
さて、そのあとの13―14節では、すでに議論された律法の機能について繰り返す。すなわち「律法が与えられる前にも罪はあったが、律法がなければ罪は罪と認められないのです」と。しかしそうであったとしても、つまり無自覚であったとしても、アダムからモーセまでの時代でも「死は支配しました」と語り、人類にとって普遍的に起こる「死」を強調する。
キリスト教の特徴は、この「死」の特権化である。この不可避な事態をあらゆる人にとって「処罰」であるとみなすことによって、あらゆる人間を「罪人」としたのである。その際の論拠が創世記の失楽園の物語であった。
しかし、死と罪の関係はもちろん自明ではない。それを彼はアダムという最初の人間の罪がその後の人間を拘束するという論理で、死と罪の関係を普遍的なものとして提示したのである。これは死の意味づけとしてわかりやすいが、アダムの罪が後の人間を拘束するという考え方自体が旧約聖書の思想として正統かどうかは疑問も残る。エゼキエルやエレミヤは父祖の罪は父祖の罪であり、その結果はその人が負うべきであり、子孫は父祖と同じ轍を踏まない限り、罰せられるべきでないという。ただ、これは捕囚という現実的状況にあって先祖の罪を問う場面でのことであり、この場合の罪は偶像崇拝や貧しい者を搾取するなどといった具体的な違反を念頭に置いている。パウロはそうした違反のことではなく、個人の意志や努力ではどうにもならない「死」という限界を、創造者である神と人間との離反の結果であるとみており、そのことの普遍性を説明するために「原人」としてのアダムの離反がいわば人間全体を代表しているという考え方を提示したのだろう。アダムとは人間を代表し、かつ象徴する理念である。だからアダムの理念に含まれているものはすべての人間に含まれることになる。したがって「死」も含まれる。一方、「死」はアダムの始まりにはなく、アダムとエヴァの自由な行為の結果もたらされた。だから、死も含まれているアダムという理念は二次的なものである。であるなら、本来のアダムとはその罪を消された状態のことである。ではどのようにその罪を消すのか。
このことを暗示する言葉が「実にアダムは、来るべき方を前もって表す者だったのです」という14節最後の文である。これは奇妙な論理だが、アダムにおける出発は、キリストにおける終わりを暗示するということである。始まりがあるなら、終わりがある。こういう対(つい)の論理、あるいは対応の論理、あるいは均衡回復の論理というべき論理である(たぶんこれが弁証法的論理)。
この始まりを終わらせるのは、パウロにおいてはキリスト・イエスであるのだが、なぜその人がそんなことができるのか。彼は恵みの賜物によるというのだが(15節)、このことを説明する前に、裁判における恩赦の比喩を語る。「この賜物は、罪を犯した一人によってもたらされたようなものではありません。裁きの場合は、一つの罪でも有罪の判決が下されますが、恵みが働くときには、いかに多くの罪があっても、無罪の判決が下されるからです」という分かりにくい文であるが、恵みが働くときとはいわゆる「恩赦」、すなわち権力ある者が自分の寛容を示すために犯罪者を解放するということ。つまり、律法に照らして罪とされたとしても、それらを超える権威による宣言がなされれば、その罪は帳消しにされるということ。法治をこえる王権(神権。法理的には統治行為論もそれに当たる)である。
しかしそのような恩赦が可能になるには、それを導くための行為がなければならない。それがイエス・キリストの「信」(これはすでにみた3章22節から)、「一人の正しい行為」、あるいは「一人の人の従順」(19節)である。しかし、なぜ一人の正しい行為が多くの人を正しい者とするのか。
これは簡単な論理である。ある集団を代表する者が正しい行為を行う、あるいは集団的犯罪行為(侵略戦争など)によって罪を問われたときに、その集団の代表が「謝罪行為」をすることによって、相手はその代表者に免じて、その人に代表される集団に属するすべての人々を赦すことにするのである。例えば、日本の侵略戦争において、首相あるいは天皇が正式に謝罪をすれば、日本全体が、あるいは日本国民が赦されたことになる、少なくともそう認められるということ。あるいは今年、米国のオバマ大統領が広島に来たということ(これは謝罪というまでに至らなかったが)が、ある種の和解の始まりとして理解されたことを想起するとわかりやすい。
パウロはこうした法的論理を用いて、「イエス・キリストの神への信」という神に対する謝罪の行為が、ついに神の義を呼び起こすとともに、彼が死にたるまで従順であったことによって、「死」そのものを帳消しするに至る恵みを与えることにしたのである。こうして単なる赦しのレベルではなく、永遠の命という完全な恵みを与えられることになったのである。すなわち、「罪が死によって支配していたように、恵みも義によって支配しつつ、わたしたちの主イエス・キリストを通して永遠の命に導くのです」とパウロは語るのだ。
パウロはこのような法的論理をもって、キリストの贖いを解説する。ただ、なぜイエスが人間の代表として理解できるのかが明らかではない。このことは大きな問題であるが、パウロにとっては、イエスはアダムの対なのである。しかし、それだけではなく、すでに「神の子」と定められたという理解をこの書の冒頭で示しているように、かれにとっては人間全体の代表どころか、神の子でさえある。すなわち、すでに完全な者、罪なき者(つまり聖霊による誕生)という非常に理想化されたイエス像を抱いているのである。したがって、彼においてはいわば神の子が人間を救うために、人間の側に立って人間を救うために父である神に謝罪する、それも自分の命をもって謝罪するというのであるから、この謝罪は完全に最終的なものであり、それ以上の何も必要としないというまでに、高められているのである。このようなやや空想的な論理になるのだが、しかし、キリスト教はこれを教義のかなめにしたのである。キリストは最初の人間を超える、最後の人間であり、同時に神と同質である。やがて、彼自身がもともと初めであり終わりであるという極端な理解にまでやがて至るのである(ヨハネによる福音書)。
人間において普遍的である「死」を最初の人間の罪(あるいは代表する者の罪)の結果(あるいは罰)としてとらえ、それを乗り越えるのは新たな人間の代表であるイエスの謝罪(十字架の死)によって帳消しにされるという命題は、背後に集団の赦しに関する法的理論を前提にする。しかし、イエスが人間の代表であるという考えはもちろん不十分である。だからこそ、彼は同時に神の子という全くの罪なき者でなければならない。
このような論理的背景のもとにイエスの物語(あるいは歴史、あるいは生涯)が本当に形をなしているのだろうか。このことについてはもちろん議論がある。とはいえ、パウロが人間における普遍的な問題である「死」について、これを罪の結果としてとらえ、かつそれを乗り越える道を示したことは極めて重要である。ここに、キリスト教の普遍的力の源泉の一つがあることは言を俟たない。このような言説が古代末期のオリエントから東地中海世界の人々にとって、大きなインパクトとなったのであろう。そしてそれはおそらく現代にいたるまで一定の力を持ってきたのである。